鎌倉さんぽ~源頼朝と北条義時の時代をめぐる~

大河ドラマ「鎌倉殿の13人」ドラマの舞台は伊豆から鎌倉へ移り、頼朝は後に鎌倉幕府となる館を現在の鶴岡八幡宮の隣となる位置に築きました。

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さらっと、鎌倉幕府序盤の歴史

まずざっと、この時代の歴史をおさらいしますと、平安時代末期、伊豆を治める一豪族に過ぎなかった北条家に、流人であった源頼朝が転がり込みます。北条氏は、頼朝を政治的に利用して坂東武者のトップに躍り出ます。その後、頼朝は北条氏をはじめとする坂東武者の助成のもと鎌倉に幕府を開きました。頼朝の死後、北条氏の権力は増していき、鎌倉幕府の摂政(君主に変わって政治を行う人)の地位まで上り詰めました。

北条政子と義時の時代には北条氏の最盛期を迎えます。

桜吹雪の鎌倉巡り

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4月中旬の鎌倉は桜が満開。花吹雪が舞い散る中、鎌倉の史跡巡りをしてきました。
歩行距離もほどほど(15000歩程)所要時間は5時間ほど。かなりマイルドなルートとなりました。
今回の散策ルートのマップにしています。

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  1. 寿福寺(北条政子、息子の実朝の墓)
  2. 鶴岡八幡宮
  3. 来迎寺
  4. 大倉幕府跡(源頼朝時代の鎌倉幕府の地)、西御門、東御門
  5. 法華堂跡(源頼朝・北条義時の墓)
  6. 永福寺跡
  7. 宝戒寺(北条執権邸旧跡)

義朝の居館跡ー寿福寺

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寿福寺は、頼朝の父である義朝の館があった場所です。頼朝の死後、北条政子が創建しました。この寺の墓地には、政子と息子の実朝(鎌倉幕府三代将軍)の墓があります。

鎌倉のシンボル鶴岡八幡宮

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鶴岡八幡宮は、源氏の氏神であった石清水八幡宮の神様を御霊分けして、鎌倉の由比ヶ浜に祀った八幡宮を、頼朝が現在の場所に移したものが基礎となっています。武家の長であった頼朝が信仰した事で、武家の信仰を集め、各時代の武士が社殿などを寄進し現在の形となっています。

来迎寺

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大倉幕府北西の端にあるお寺です。頼朝と義時の墓所であった法華堂に祀られていた如意輪観音や地蔵菩薩などの仏像は、こちらに移されています。

大倉幕府跡

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現在の清泉小学校とその周辺の住宅地は源頼朝の幕府があった場所とされています。西端が、西御門、東端が東御門、南端は金沢街道、北側には山の斜面があります。現地を歩いてみると、周辺地域が傾斜地にも関わらず、幕府地辺りはかなり平らになっています。

法華堂跡

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幕府地の北の斜面には、有力者のお墓があります。法華堂には、源頼朝頼朝と北条義時が祀られていました。現在建造物は現存していませんが、ARが準備されているので在りし日の法華堂を見ることができます(「長澤・井上研究室が北条義時の法華堂ARを開発ー湘南工科大学」)。北西の洞穴には三浦氏の墓、石段を上ったところには島津忠久・毛利季光・大江広元の墓があります。

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また、隣に頼朝の墓がありますが、これは薩摩藩主島津重豪により、安永8(1779)年に建てられたものです。

永福寺跡(ようふくじあと)

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奥州討伐の後、源頼朝によって建立された寺の跡地です。この寺は、奥州藤原氏の中尊寺の二階大堂を模して作られています。当時の建物の様子は現地のARで楽しむことができます(「コンピュータ応用学科の学生が史跡永福寺のARアプリを開発ー湘南⼯科⼤学」)。現在は池が復元され、整備された公園となっています。

北条氏の館跡ー宝戒寺

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宝戒寺は、北条氏の霊を弔うために建立されたお寺です。場所は、大倉幕府から横大路を挟んで南側。ここは、北条義時以降の北条氏の邸宅の跡地とされています。

まとめ

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桜舞い散る季節の鎌倉散策は、とても気持ちよく、気候を楽しみながら回ることができました。コロナ禍では閑散としていた町も、観光客が戻って賑わいを取り戻していました。
鎌倉駅から各エリアにバスが頻繁に運航しているので、体力によって散策手段を選べるのはうれしいですね。鎌倉時代にはどのような風景が広がっていたのだろう?と想像しながらめぐる鎌倉はまた格別でした。

おまけ

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もし、時間がある場合は、由比ヶ浜まで足を伸ばしてみてはいかがでしょうか。ここには現存する日本最古の人口の港、和賀江島がありました。時代は北条義時の息子泰時が執権の頃に造成されています。干潮時には石垣が見られるようです。

出展

お城・遺跡現地説明会一覧

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