NHK大河「真田丸ー第44話 築城」解明され始めた真田丸は基本真田昌幸の戦術を踏襲していた

とうとう、「真田丸」で真田丸出城が築城されます。この出城は真田幸村の伝説とともに非常に有名だったにもかかわらず、遺構は大阪の市街地に飲み込まれ、その実像も場所も謎に包まれていました。大河ドラマのおかげで注目度が高まり、レーザー探査機で地形調査がされ、場所と形が確定的になり、複数あった真田丸の絵図のうち、広島の藩主であった浅野家に所蔵されていた「摂津 真田丸」が、最も実像を示しているということが判明しました。

野原の中にポツンとそびえる出城のイメージが強くありましたが、真田丸の建設地は、 戦国時代の当時から寺町があった市街地の中で、大軍が丸を攻撃するためには、街路を縦に伸びきって進軍しなければならないようになっていました。この戦術は、第一次、第二次の上田合戦の戦術と似ていますね。

摂津 真田丸(広島市立中央図書館所蔵 摂津 真田丸)
「摂津 真田丸」 に真田丸の内側には寺が6つあったことが描かれていますが、東側の3つの寺は現在も同じ場所に存在しています。そして、細く引き伸ばされた軍隊は突き当りの堀で止まることができず、ところてん方式で堀に落下、格好の標的になるという設計です。お父さんより戦術がレベルアップしてますね。

  • 大阪新四十八願所阿弥陀巡礼第11番「心眼寺」
  • 高野山真言宗「興徳寺」
  • 高野山真言宗「大應寺」

「大坂冬の陣屏風」に描かれている真田丸の建物が、なぜ瓦ぶきなのか疑問に思っていましたが、(普通 砦の屋根は板葺きです。)お寺の建物を流用したためだったのですね。
>大坂冬の陣屏風
(東京国立博物館 大坂冬の陣屏風)

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