NHK大河「真田丸ー第36話 勝負」第二次上田合戦 父親と同じ目に遭わされた秀忠

1600年7月24日、会津への進軍途中で石田三成の挙兵を知った家康は、三成を迎撃する事にします。自らは江戸城に引き返し、秀忠に約38,000の軍勢を付けて、真田の討伐後中山道を通って美濃への進軍を命じます。

第二次上田合戦

秀忠軍 約38,000
昌幸軍 約2,500

9月2日、秀忠は小諸に到着します。真田昌幸は信幸を通して降伏する意向を伝えてきたので、秀忠は開城を待っていましたが、4日になり昌幸は態度を変え秀忠に対して挑発的な態度をとったため戦闘状態に入ります。
9月5日、秀忠は、信幸に信繁の守る戸石城の攻撃を命じますが、信繁は、あっさりと城を捨て上田城に引き上げてしまい、信幸軍は戦わずして戸石城を手に入れます。秀忠は、短期決戦でかたを付けたかったので、城下の稲を刈って真田軍を挑発します。狙い通り、真田方の軍勢が城から出て交戦となりますが、真田軍はそのまま城まで敗走します。徳川の先鋒部隊が追撃し、上田城の大手門前まで迫りますが、待ち構えていた真田軍の攻撃を浴びせられ、徳川方は混乱に陥ります。追い打ちをかけるように、城内から信繁隊が打って出て本陣に突撃、虚空蔵山に潜んでいた別働隊が横から秀忠本陣を攻撃しました。

混乱し逃げ惑う徳川軍が神川を渡ろうとしたところ、上流に築かれた堰が昌幸の指示で切られたため、突然の鉄砲水で多数の兵馬が押し流されました。秀忠は小諸へ撤退し、体制を立て直そうとしますが、9月9日に家康からの使者が到着し「9月9日までに美濃赤坂に着陣せよ」との命令を伝えられます。(それ今日じゃーん無理無理!)秀忠は上田攻めを中止し、翌日小諸を出発し、第二次上田合戦は真田方の勝利に終わりました。

秀忠は、悪天候のため使者の到着が遅れた事と、悪路のため行軍が遅れてしまった事で、9月15日の関ヶ原の合戦に遅参するという失態を演じてしまいます。昌幸への恨みは相当だったでしょうね。

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