臼杵城

海に浮かぶ海城だった大友宗麟の牙城 臼杵城

大友氏の栄枯盛衰 大友氏が大分府内の大友氏館(臼杵城から北西方面に約30キロ)から臼杵城に拠点を移したのは、1557~1561年(具体的に時期を断定する資料はない)とされています。大友氏館は地形的にも平たんな土地にあり、 […]

蛸地蔵パワーハンパない!タコに護られた岸和田城

古城から新城(今の岸和田城)の場所にいつ移ったかはわかっていませんが、岸和田市のサイトによると、信濃氏の頃には、新城の二の丸の位置に城があったとあり、当時の主曲輪(現在の二の丸)には海が間近に迫っていて、辺りには葦原が広 […]

三岳城

遠州でも屈指の眺めが楽しめる三岳城

三岳城は井伊氏の本城にあたる城で、南北朝時代に井伊道政によって築かれたと伝わります。本城を囲み北の支城天山城(あてやまじょう)、東の支城大平城(おいだいらじょう)、西の支城千頭峯城(せんとうがみねじょう)、南の支城鴨江城 […]

杉山城

中世山城の最高傑作のひとつと言われる謎多き「杉山城」

杉山城は、築城の歴史など謎に包まれている、埼玉県比企にあるコンパクトな山城です。近年の発掘調査で15世紀末から16世紀前半の城であったことが判明しました。当時、この地域でしのぎを削っていた、山内上杉氏が扇谷上杉氏との抗争 […]

箕輪城からの眺め

名君長野業正の居城であった箕輪城。堀と曲輪をめぐり高台から眺める景色は絶景!《日本100名城》

箕輪城といえば、武田信玄の攻撃をたびたび跳ね返した名君長野業正(ながのなりまさ)の城として有名です。業正の死後、長野氏は武田氏に敗北し、箕輪城は、武田氏の支配下となります。武田氏時代、真田信繁の祖父真田幸隆が城代に任じら […]

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