日本最強の城のお手並み拝見!あの高取城へ行ってみた。

高取城は、奈良県高取町、旧国名では大和地域にあった山城です。高取城は南北朝時代となる1332年に南朝方についていた越智邦澄氏によって築かれたと伝わります。築城当初は本城「貝吹山城」の支城として機能していたとみられています。戦国時代になると、越智氏の本城となりますが、越智氏は筒井氏との度重なる抗争によって没落していきます。天正13年、大和地域は豊臣秀吉の弟秀長の支配地域となり、高取城は秀長の重臣の支配下となります。この頃、27の櫓、33の門、三層の天守と小天守などを備える近世城郭へと造り変えられ、現在の縄張りはこの頃構築されました。江戸時代に入ると、植村氏の居城となり、そのまま明治を迎えました。

日本三大山城、日本100名城(財団法人日本城郭協会)、日本最強の城(2018年6月に放送された「あなたも絶対行きたくなる!日本「最強の城」スペシャル(NHK)」では初代日本最強の城に認定された。)など各種の城タイトルホルダーである高取城は、まさしく山城界の雄。城好きなら、ぜひ行くべき城であることは間違いなさそうです。

大きな地図で見る、高取城の位置

高取城周辺

高取城は奈良県飛鳥地域の南端にあたり、総面積約60,000㎡、比高390mを誇ります。

案内によると片道2時間、歩きで高取城を目指してみましょう!

壺阪山駅を出て真っ直ぐ歩いて行くと、古い街並みが残る土佐街道にたどり着きます。(本数は少ないですがバスで壺阪寺まで行くと、1時間ほど時間を短縮できます。)

江戸の風情が色濃く残る土佐街道を散策

高取城 土佐街道

街道からはずっとゆるい坂道となっていて、山に向かっていることを何となく感じさせます。

高取城 松野門

途中、 高取児童公園には、松野門が移築復元されています。

高取城 植村氏屋敷

城下町の最後には、異彩を放つなまこ壁の植村氏屋敷が現れます。ここは、現在も旧藩主の植村氏のご自宅で、もともとは、筆頭家老屋敷だったそうです。向かい側にある丘には旧藩主下屋敷・御殿跡があったとされます。

お屋敷を過ぎると、ほどなく山道がスタートします。

高取城 黒門跡

いつのまにか、高取城スタート!

高取城 石碑

ところどころ、石垣が見え隠れしているので、探しながら歩いてみてください。

高取城 石垣

最初はなだらかですが、だんだんと本格的な山道となっていきます。葛折りの山道を登る登る、まだ登るという感じです。

道の谷側には石垣があります。山登りに夢中だと見過ごすので、気を付けてみてください。

高取城 石垣

高取城 猿石

楽しく登って行くと、あの有名な猿石がお出迎えしてくれます。「あーこの猿石、こんなに遠かったのか」というのが率直な感想です。この猿石は、飛鳥から石垣の材料として運ばれてきたと推測されています。石垣として使われることなく、二の門の外に飾ることにしたのですね。ここはちょうど、城内と城外の境界線になることから、結界石という説もあるそうです。

高取城 略図
高取城 水堀

縄張り図にあった水堀が登場します。山の中に突然現れた、池のように見えます。光の加減でキラキラしたら、たぶんもっと綺麗なのだろうなどと思いつつ、右側の斜面(というか壁面)を見ると、圧巻の石垣。ヨダレがたれますね。苔むしていて情緒あふれる仕上がり。素敵です。

高取城 石垣
高取城 二の門

やっと二の門到着!高取城の中枢部に切り込みましょう!

高取城 石垣

ここから、右に折れて、国見櫓へ向かいます。

高取城 国見櫓

国見櫓跡からは、高取の町が望めます。この日は、雲海ならぬ霧に包まれていてきれいでしたよ。元のルートに戻り本丸を目指します。

ここからは、高取城を紹介する写真でよく見る、城門跡の石垣が登場します。

高取城 大手門
大手門

高取城 十三間多門
十三間多門

大手門から十三間多門は連続した枡形となっています。そこを通過するとやっと二の丸です。

高取城 二の丸
二の丸

二の丸に聳える石垣は、太鼓櫓と新櫓台です。

高取城 十五間多門
十五間多門

高取城 二の丸櫓台
新櫓・太鼓櫓

本丸から二の丸上段を臨むと、先ほどの新櫓・太鼓櫓の裏側を見下ろすことができます。

高取城 天守台
天守台

高取城 天守台

幾重もの、枡形を通過してやっと天守台の見える本丸に到着しました。これだけの石を、この標高までどうやって運んだんでしょうか。凄すぎます。

高取城 本丸虎口

本丸虎口、最後の防衛ラインです。

高取城 七つ井戸

七つ井戸方面へ抜けるとき、急傾斜に造られた石垣を見上げるのをお忘れなく!

高取城まとめ

冒頭というか、タイトルでお手並み拝見などとのたまってしまいましたが、高取城恐れ入りましたという感想です。城下町の土佐街道の散策も楽しいですし、登城途中の山道も石垣がたくさん隠れていて面白いです。縄張りも広いですし、全体を見て回るには数日欲しいところです。高取町とその周辺は古代飛鳥の南に位置し、城跡だけでなく古墳も多く点在する地域です。古代からの人の流れや争いがずっとあった地域の歴史散策は、収拾がつかないほど見どころ満載です。訪問予定の方は心を鬼にして、高取城だけにフォーカスされることをお勧めします。

出典

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お城データ

 
お城名
高取城(たかとりじょう)
お城別名
芙蓉城、鷹取城、高取山城
概要
元弘2年(1332年)に築かれた山城。豊臣秀長により近世山城に改修した。
所在地
奈良県高市郡高取町大字高取
アクセス
壺阪山駅から、徒歩約二時間程度
壺阪山駅から壺阪寺まで奈良交通のバスが運行
壺阪寺から一時間程度