関東では唯一だった五層の天守閣がそびえていた沼田城!それが仇になったのか?真田氏の悲運と城の破却

沼田城からの眺め2

沼田城は利根川、薄根川、片品川によって浸食されてできた河岸段丘の地形を利用して築城された崖端城です。戦国時代に沼田景泰(ぬまたかげやす)によって築城され、上杉氏、武田氏、北条氏が北上州の拠点として争奪し合った要衝でした。武田氏配下の真田昌幸により攻略されますが、ほどなく武田氏が滅亡します。その後城主がコロコロ変わりますが、また真田昌幸の城になります。豊臣秀吉が天下を手中にしようとしていた頃、秀吉がまだ従わない北条氏に、秀吉のところに出仕(挨拶にくるように)するように要求します。北条氏は出仕の条件として、利根、吾妻地域の支配権を要求します。これにより沼田城は北条氏の直轄下に置かれます。しかし、沼田城代(城主の代わりに城を管理する人)猪俣邦憲が真田氏配下の名胡桃城を不法に占拠し、秀吉の北条討伐に発展します。

真田信之の城となった沼田城は女丈夫小松姫の逸話で有名

正覚寺
正覚寺

北条氏滅亡後、真田昌幸の嫡子信之が2万7千石で沼田城主となり、近代城郭へ改修します。関ヶ原の戦の際、敵味方となってしまった、父昌幸と幸村(次男)が合戦に向かう途中、信之が留守にする沼田城に立寄ります。昌幸は孫の顔を見に来ただけだと主張しますが、妻の小松姫が戦支度を始めて昌幸一行を城に迎え入れなかったという逸話は有名です。小松姫はこの時、入城を拒否したものの義父一行を正覚寺で厚くもてなします。この正覚寺は小松姫の墓所でもあります。

5代目真田信利さんでまさかの旧転落

沼田城絵図

真田家は真田幸隆、昌幸、信之、幸村など頭が良くて領民思いの領主のイメージがありますが、沼田城5代目の信利(のぶとし)は、それとはかけ離れたお殿様だったようです。信之が松代城への移封後沼田は松代藩の分領でしたが、跡継ぎをめぐって御家騒動があり、沼田藩が分裂し独立します。これにより、真田信利が初代藩主となって沼田藩が独立します。喧嘩別れした親戚筋の松代藩への対抗意識から、実際は6万石ちょいだったものを、松代藩より多い14万4千石として届けたり、松代城への対抗意識により江戸の藩邸も改修して松代藩に対抗します。このため領民の生活は重税のため困窮し、餓死者をだすなどします。信利の悪政と幕府のための用材の調達が遅れた事を理由として沼田藩真田家は改易(領地没収の上、御家お取り潰し)となります。

五層の天守閣が仇になったか?沼田城破却の悲劇

沼田城の石垣

真田氏が沼田の地を治めていたのは約90年です。5代目信利の頃、五層の天守閣を持つ城は関東では沼田城のみでした。関東にもう一つあった五層の天守、江戸城の寛永度天守は1657年に焼失してしまっており、幕府にとっては面白いはずもなく、ずっとなんとか潰したいと思っていたところに、好機が訪れたということでしょうか、5代目の信利の悪名とともに沼田城の天守閣を含め城は破却され、掘りも埋められました。その後、城が本格的に再建されることはなく明治時代に廃城となりました。

真田氏の頃の石段が発見される

沼田城石階段

真田氏改易の頃、沼田城は全て跡形も無く破却されたと伝わっていましたが、発掘調査により発見された西櫓台の石垣と石段は、出土した瓦などから、真田氏時代のものと判明しました。沼田城の往事の姿を映し出す遺構が少しでも残っていてくれて良かったです。

沼田城まとめ

沼田城本丸御殿跡

沼田城は沼田駅から徒歩15分ほどですが、かなり急な坂道を登り続けるので体感では遠く感じます。高低差がかなりあり、天然の要害であった事は今でも充分に感じられます。沼田城が最も良く知られる真田信之の頃の沼田城は原形を留めず破壊されてしまって、天守閣があった場所も天守台がある訳でもなく、地形も当時の物ではなくなっている事が残念です。今後の調査で石段のように地中に埋もれた城の遺跡が見つかるといいですね。

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お城データ

 
お城名
沼田城(ぬまたじょう)
お城別名
倉内城
概要
利根川と薄根川の合流点の河岸段丘の上にある崖城。
主な城主
沼田康元、本庄秀綱、真田信之
所在地
群馬県沼田市西倉内町594
アクセス
JR上越線 沼田駅 徒歩15分
オフィシャルサイト