なんでそんなに低いのか?武田の縄張りに聳える五層の天守がアンバランスで美しい松本城《日本100名城》

松本城 天守閣

松本城は、連日観光客でにぎわう人気の観光地ですが、その要因としては、その写真映りの良さと、駅から坂道を登らずフラットに行けるアクセスの良さではないでしょうか。普通、お城というのは、防御の観点からアクセスが悪くて見て回るには「しんどい」わけですが、どういうわけか、松本城はとっても「楽」なんです。これは他のお城には無い特徴だと感じます。

楽な理由は武田の城だから?

松本城鳥瞰図松本平の中心部にある松本城は元は深志城と呼ばれ、古くから信濃の有力者であった小笠原氏の一族が支城として1504年頃に築城したのが始まりとされています。ところが、武田と上杉の前線であった松本平に武田軍が侵攻し、1550年武田信玄によって攻め落とされます。以来32年間、武田の城となりました。武田の戦法として敵地に赴いて野戦、城攻めを行う事を得意としていて、それは築城の特徴としても現れています。武田の城は堅牢な守りの城ではなく、防御力はそれほど高くない平城(海津城や、躑躅ヶ崎城など)が複数存在します。戦国時代が終わると利便性の高い平城が増えて行きますが、戦国時代のまっただ中で、(城の用途によるのでしょうが)平城作るとかやっぱり、武田信玄は強者ですね〜!


松本城 天守閣からの眺め
松本城 天守閣からの眺め

中世の城から近代の城へ

松本城本丸御殿跡

松本城内堀武田信玄の死後、織田信長により武田家が滅ぼされ、松本城(深志城)は信長の支配下となります。信長の死後、徳川の支配下に入った小笠原氏が松本城(深志城)を回復します。しかし、天下は豊臣秀吉のものとなり、小笠原氏は下総へ移封となります。元徳川家臣でしたが、豊臣秀吉に懐柔されて寝返った、石川数正が新しい城主となります。普通、新たな権力が城を作り直す時は、元の縄張りを大きく改変しますが、この松本城は武田時代の縄張りを大部分温存した形で、石垣と5層の天守閣を備えた近代城郭が作られています。元は土塁だったところを、順次石垣に変えて行ったようで、今でも土塁や、武田時代の馬出しがそのまま残っているのも特徴的です。もう一つの特徴としては、高石垣ではなく比較的低い石垣で(湿地帯であるためとも)、他の近代城郭とは見た目が違うユニークなものになっています。


松本城 太鼓門
松本城 太鼓門

松本城まとめ

松本城天守閣と乾小天守

平らな土地に低い石垣。そこに聳える高層の天守閣がなんともアンバランスで儚げな印象を与える松本城。そして、なにより平山城と違って、城見学がめちゃくちゃ楽ちんなのも、観光地として成功している要因でしょうね。中世城郭時代の土塁を近代城郭の石垣に改修しているお城はほかには、海津城小諸城などがありますが、天守閣が現存しているのは松本城のみです。

オススメの本、雑誌

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    「戦国の城」と聞いて、皆さんはどのような姿を想像しますか? 戦国時代には、日本中のあちこちに、実にたくさんの城が築かれました。でも、それらの城は土でできていて、天守のような立派な建物も、高く積み上げられた石垣もありません。実は、土づくりの城には、敵をふせぐための工夫が、さまざまにこらされていました。それもそのはず。なにせ、いつ敵が攻めてくるともしれない戦国乱世、武将たちが命がけで築き、しがみついていた城なのですから。そうした工夫の跡は、いまも地面のデコボコとして残っています。そして、それをたどってゆくことによって、武将たちのいじましく、ときに切ないまでの懸命さが、400年、500年の歳月をへて、見る者に伝わってくるのです。最近では武将に興味をもって、その足跡をたどる中で、城を訪ねる人も増えてきました。そうした戦国史ファンの皆さんだって、いま自分の訪ねている城が、どういうしくみで敵をふせごうとしているのかわかったほうが、史跡めぐりが楽しくなるにちがいありません。さあ、天守も石垣もない戦国の城の世界に、あなたも足を踏み入れてみませんか?

お城データ

 
長野県松本市丸の内4番1号
お城名
松本城(まつもとじょう)
お城別名
烏城、深志城
概要
安土桃山時代に築城された
主な城主
小笠原貞朝、石川数正・康長父子
所在地
長野県松本市丸の内4番1号
アクセス
JR篠ノ井線「松本駅」下車 徒歩約15分
営業時間
平常時:8:30~17:00(最終入城は16:30まで)
ゴールデンウィーク、夏:8:00~18:00(最終入城は17:30まで)
定休日
12月29日〜1月3日
料金
国宝松本城天守(本丸庭園内)610円
ガイド施設・ガイド
松本城案内グループ(雨天中止)
松本まちなか観光ボランティアガイド
http://www.matsumoto-castle.jp/info/guide
オフィシャルサイト