松ヶ崎城 河津桜

香取の海最西端の城 河津桜満開の松ヶ崎城へ

香取の海最西端の城 松ヶ崎城の近くにある手賀沼は、江戸時代初期まで牛久沼、印旛沼、霞ケ浦と一体となった香取の海と呼ばれた大きな内海の一部で、松ヶ崎城の際まで水が迫っていたと考えられています。調査により曲輪、土塁・空堀、虎 […]

徳丹城

古代東北最後の城柵 徳丹城へ

ユニークな遺構が残る徳丹城 平安時代初期(812年頃)に、 岩手県盛岡市あった志波城が雫石川の氾濫により損壊したため、12キロほど北上した北上川の自然堤防に徳丹城が造営されました。当時は(というか江戸時代まで)、川や運河 […]

高崎 長松寺

高崎城番外編 高崎寺社巡り

長松寺の来歴 長松寺は1507年に臨済宗の嶽應元海が現在の末広町北部に創立しました。当寺はその後衰退してしまいますが、1624年に興禅寺の虎谷春喜が曹洞宗に改め現在の地に開山します。本堂、衆寮、山門、鐘楼、薬師堂(和田薬 […]

船岡山城

応仁の乱 西の砦であった船岡山城

船岡山城の歴史 船岡山は山名氏らが率いる西軍の砦とされましたが、翌1468年に東軍の浦上則宗の襲撃の受け落城しました。その後、細川氏三人の養子(細川澄之、細川澄元、細川高国)の家督争いに端を発した船岡山合戦(1511年) […]

鴨江城 仁王門

南北朝時代に井伊氏の南を守った鴨江城

利権がからむ戒壇(かいだん)の設置 奈良時代から平安時代は、正式に(国家資格を持つ)僧となるには戒壇で授戒する必要がありました。東大寺や国分寺などの官立寺院が僧を管理していましたが、822年以降官立寺院でない延暦寺にも戒 […]

佐和山城

小さいと思っていたらかなり大きかったよ佐和山城

当時の落首で「三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と謳われるほど名城となります。(まぁ、石田三成をディスってる訳ですけどね、、、) 1600年関ケ原の合戦時、佐和山城を守っていたのは父の正継、兄の正澄で東 […]

1ページ中14件目