鴨江城 仁王門

南北朝時代に井伊氏の南を守った鴨江城

利権がからむ戒壇(かいだん)の設置 奈良時代から平安時代は、正式に(国家資格を持つ)僧となるには戒壇で授戒する必要がありました。東大寺や国分寺などの官立寺院が僧を管理していましたが、822年以降官立寺院でない延暦寺にも戒 […]

佐和山城

小さいと思っていたらかなり大きかったよ佐和山城

当時の落首で「三成に過ぎたるものが二つあり 島の左近と佐和山の城」と謳われるほど名城となります。(まぁ、石田三成をディスってる訳ですけどね、、、) 1600年関ケ原の合戦時、佐和山城を守っていたのは父の正継、兄の正澄で東 […]

滝山城

関東屈指の土の城 北条氏の巧みな縄張りが残る滝山城

1569年に武田信玄が北条領地に攻め込んできた時、武田氏の別動隊小山田信茂隊に三の丸まで攻め込まれてしまいます。落城は免れたものの、滝山城(比高約70m)の防御力が不足していると認識され、より標高の高い深沢山(比高約24 […]

秋田城

日本海外交で数々の来賓を迎えた秋田城

大和朝廷はまだ支配下になかったエミシの土地(現在の東北地域)に勢力を伸ばすため、城柵を築いていきました。秋田城は、760年に設置され国府(地方行政府)が置かれていましたが、秋田城付近では度重なるエミシの反乱が起きていて、 […]

臼杵城

海に浮かぶ海城だった大友宗麟の牙城 臼杵城

大友氏の栄枯盛衰 大友氏が大分府内の大友氏館(臼杵城から北西方面に約30キロ)から臼杵城に拠点を移したのは、1557~1561年(具体的に時期を断定する資料はない)とされています。大友氏館は地形的にも平たんな土地にあり、 […]

蛸地蔵パワーハンパない!タコに護られた岸和田城

古城から新城(今の岸和田城)の場所にいつ移ったかはわかっていませんが、岸和田市のサイトによると、信濃氏の頃には、新城の二の丸の位置に城があったとあり、当時の主曲輪(現在の二の丸)には海が間近に迫っていて、辺りには葦原が広 […]

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